痛い思いの教訓(2025年8月16日のnoteから)
おはようございます、龍です。
職場で、仕事中にケガをしました。そこには無いはずの物につまづいて、思いっきり身体の左側面をコンクリートの床に打ち付けて救急搬送。幸いにも骨折はなく打撲ですんだけど・・・。
今の会社に入って10年、この業界に入って16年、そこにはそれは置かない、というルールはないけど、誰もがそうはしなかったのは、もしもの結果を想像しての暗黙の了解。結果は簡単に想像できる、いや、できてたからね。
そうか、そうくるか、と最近は X や YouTube で、予想もしなかった動画を見ることが多くなりました。野生のクマに餌をやりに行くとか、自転車のノールックでの交差点進入とか。その結果がどういう事態を引き起こすかを想像、予測することができない人が増えてきたんだろう。
小学校に上がるか上がらないかの頃だったと思う、喧嘩をして、相手のヤツの家の窓ガラスをグーで殴って割ったことがある。人を殴ってはいけない、という意識はあったんだろう。だから人ではなくガラスにあたった。今もその時の傷跡は俺の右手に、教訓として残ってる。
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