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2019年2月23日 (土)

エッセー クドカン

 
 山本周五郎のながい坂を読み終えて、ちょっとの間、ながい坂ロスでした。 何冊か小説を買って読み始めたものの、どれを読んでも文字を追いかけてるだけで内容が頭には入ってこない状態。 で、こんな時は軽いものを・・・
 
 

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 ということで買ったのが、宮藤官九郎のエッセー集。 さらっと読めて、集中して頭に入れなくていいから読み進んでます。
 
 
 俺ね、この人、けっこう好きなんですよ。 イケるの? と訊かれれば、イケ、ますよ、と答えるね。 ただし、実物を見たことないからね、という前提付きだけどね(笑)
 
 
 たまにあるNHKの深夜の彼の番組を見てて 『軽いノリで話すんだけどこの内容の濃さには惹かれるよな~』 って具合に、シャイな笑顔だけじゃなく、彼の頭の中にも魅力を感じてます。
 
 
 エッセーだから、ひとつの話が短いんだよね。 文庫本、ほぼ2ページで一話完結。 もともと掲載されていた雑誌の紙面の関係からの文字数なんだろうけど、この短さの中で起承転結をきちんと表現させる、ってところは非常に参考になるよ。
 
 
画像 京都、伏見にて
 

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2019年2月20日 (水)

ながい坂 山本周五郎

 
 言ってしまえば、江戸時代末期のある武士の出世物語である。 以前に読んだのは20年ほど前になるだろうか。 昨日まで、読むのに2ヶ月ほどかかったのは何度か同じところを読み返して文章が身体に染む込むようにして読んだから。 もっと早い時期に読むんだったなと感じたが、確か以前も同じことを思った覚えがある。
 
 

Nagaisaka

 そう思うのはたぶん、いろいろ経験してきて、後悔をいっぱいしてきたからだろうとは思うけどね。 人生は選択の繰り返しで、分かれ道で選んできた方向のすべてに後悔がつきまとう。 あっちの道に進んでいたら、きっと今よりはいい自分がいただろうなと思うからね。
 
 
 仕事を変えて、住むところも変えてという今、この作品を読まなかったら、ひょっとしたら、何も変えなかったかもしれない、と思ったりもする。 それは 『お前のせいだ!』 と逃げ道を持っておきたいからだな。
 
 
 主人公は失敗をしないんだな。 幼い頃に決めた目標に向かって決めた道を進んで行くんだけど、たまに後ろを振り返ってこれでいいのかと検証はするんだけど、後悔はしないんだ。 実際の生活ではそんなことはあり得ない。 ただしね、自分の選択した道には責任を持て、と教えてはくれる。 最後のところで、何度も歩いた道が上り坂だったと気づく場面があるのだけど、俺が上り坂だと思って歩いてきた道が実は平らか、ひょっとしたら下ってたのかもしれないと思ったりもした。
 

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2019年1月31日 (木)

渾遊

 
 1973年(昭和48年)の出版だそうだけど、俺が手に入れたのはそれから30年近く後になってから。 インターネットで検索をしてネットの中古書店で買ってるから、パソコンを手に入れた2000年あたりかもしれない。 存在はそのずっと前から知っていたんだけど、自分が六尺褌を締めるようになってから欲しいと思うようになったんだな。
 
 

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 引っ越しの荷物の整理をしてると、いろいろと懐かしいものが出てくるね。 アルバムを見たり仕舞ってしまってたCDが出てきたりして、ついつい手が止まってしまう。 荷造りを急がなきゃならないんだけど、まったくはかどらない。
 
 
 モデルは素人の学生さんだとどこかで読んだ気がする。 たぶん何かのスポーツをしてる人たちだろうけど、わざと作ったんじゃない、自然に出来た身体だろうから、どの写真もわざとらしさを感じない。
 
 
 渾遊は全編が六尺褌を締めた男の画像だけど、ゲイらしさ、 というものは感じないんだよね。 俺たちは ‟六尺=ゲイ” と考えがちだけど、六尺褌は決してゲイだけのものではないんだよ。 日本の男の衣装なんだよな。 俺がこの撮影の頃に学生だったら、是非ともモデルに使ってほしかったと残念な思いがある。
 

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