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2007年2月16日 (金)

談合

 週刊現代からはじまった大相撲の八百長報道、裁判にまで持ち込まれるんだね。 八百長の有無の裁判じゃなく、報道内容の真偽を問う裁判なんでしょ。 でも、そこではやはり、八百長の有無が問われることにもなるわけだ。
 

Io07fb_010s5 昨日の朝日新聞のコラム “窓・論説委員室から” に、その八百長に関する興味あることが書いてありましたよ。 これがなかなかおもしろい。

 7勝7敗で迎えた千秋楽、すでに8勝している力士とあたった勝ち越しがかかった力士のそのときの勝率は? 89年初場所から11年間の取組のデータでは、なんと8割だそうだ。 さらに、その両者の翌場所の取組の、先場所かろうじて勝ち越した力士の勝率は4割に落ちるんだそうだ。 で、さらにその翌場所の取組は、5割に戻るんだって。

 朝日新聞のコラムでは 『この数字が何かを告発しているわけではない。 しかし、すべてを偶然と考えにくいのも事実だろう』 と。
 

 俺の弟は、高校生の頃にアマチュアの競輪をやってたことがあるんだ。 そのとき彼は、その競輪場で行われてるプロのレースの勝敗の記録をつけていた。 で、いつだったか、競輪の新聞を見ながら今日のレースを予想して、その日のいくつかのレースの結果を当てたことがあったんだ。 「兄ちゃん、競輪選手は失業しないんだよ。 必ず食っていけるだけの賞金は稼げるようになってるんだ」 って。

 八百長ではなく、みんなが上手くやっていくための談合。

 
 画像。 さくら、大島にて。 潔く散るのも日本の美学。

 

C98jm726 談合は必要悪。 うぅ~、確かに! と言いたいけど、言ってはダメなのですかね。 受注調整は、あって然りだろうと思うな。 ただ、それが、金額を吊り上げるためのものなら困るけどね。 雇用を守るとか企業を存続させるため、ならいいのではと。 でも、それは、受注金額の吊り上げと同義語か。 プロスポーツでも、一般の人が掛け金を支払って、その結果の賞金を得るものでなければ、ありでは?

 Joseph Myska。

 

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