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2007年2月15日 (木)

ひと

 近しい人が亡くなったとき、俺、どうしてただろう。 いま、そんなことを考えながらパソコンに向かってます。

 つい先ほど、珍しい人からケータイに電話が掛かってきた。 ずいぶんご無沙汰してる人なんだけど、ケータイの画面の、その人からの電話を知らせる表示を見ながら 『亡くなったのかぁ』 って思ったんだ。

 10数年前に脳梗塞を患ってから、右半身が不自由な人だった。 俺が知り合ったのは彼がそういう身体になってから。 だから俺は彼が自由に歩いてる姿は知らない。 でも、彼といても、つい彼がそういう身体だということを忘れてしまうくらいに普段を過してる人だった。

Br07_026s5 彼には長年付き合ってていっしょに住んでる人がいたんだけど 『お前と別れたら俺は達っちゃんといっしょに暮らすんだ』 と、俺と会うといつもそう言ってた人だった。 もしかしたら、誰にでもそう言ってたのかもしれないけど 『そうか、そうなってもいいかもな』 って思ったことがあったな。

 
 ここしばらく会ってなかったな。 入院してたのは知ってた。 癌だってことも。 もう長くはないことも知ってた。 最後に不義理をしてしまったよ。

 涙が止まらない。 親父やお袋が死んだときも俺は泣かなかったのに。

 
 画像。 バリ島のリゾート。

 

Briefss015 俺は、人の死を実感することがあまりない。 お袋が死んだとき、病院の控え室で弟とふたりで遺体の処理が終わるのを待ってるあいだ、悲しいんだけど泣けなかったのを覚えてる。 弟は泣いてたけど。 親父が死んだときも、泣きじゃくる弟の横でまるで他人事のように葬儀社の人と打ち合わせをしている自分を、ちょっとおかしいと思った憶えもある。

 

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