同い年
19歳の男の子の肌に触れる機会を得ました。 ちょっと、恐る恐る触る、って感じでしたよ。 スベスベでしたよ。 ほんと、こう、なんか、つるつるのプラスチックの板の上に片栗粉を振りまいたところに指を這わしたような。
女の柔らかな肌に溺れていくジジイの気持ち、解らなくもなかったなぁ。 この感触を楽しめるのなら少々の金を積んでもいい、たとえ金の切れ目が縁の切れ目とわかっていても。 ってな風になっていく爺さん、無理もないなぁ、なんてね。 精神的なものを求めず、ただ若い肌の感触だけを楽しむ恋愛(?)ができるのなら、それもいいかもな。
どこかであきらめないといけないんだよな。 吉永小百合は若いけど、森光子も若いけど、確かにそれはうらやましいけど、郷ひろみはちょっと気持ち悪いと思う。 西條秀樹の老け方は困るけど、野口五郎は妥当かな。 同い年。 五十にして自分の限界を知る。
三十にして立つ。 四十にして迷わず。 五十にして天命を知る。 六十にして耳順がう。 七十にして心の浴する所に従う。 論語の中の孔子のことば。
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コメント
いいな、若いこの肌に触れることが出来て
老いるとなかなか触ることが出来ませんよ
しかし積極的に行動しないといけないかも
投稿: いつ | 2007年3月16日 (金) 22時54分
いつさん。
そうなんですよね、何事も積極的に行動しないと、何も
起こってはくれないですよね。 でも、実は、今日のは、
便乗しただけなんですよ、俺より積極的なやつに。
投稿: 達 | 2007年3月18日 (日) 15時24分