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2007年5月19日 (土)

しんどい

 昨日書いた、孤独死していた友人が発見されるきっかけを作ったやつ等と話す機会があった。

 俺 「俺自身がもっと早くに行動すればよかったという後悔がある」  「行動したあなたたちに対して、自分は動かなかったという負い目がある」

 彼たち 「その後悔は、そうしなかった自分を美化しようとすることだ」  「住んでる家がわからないなら、知ってる人を探して訊けばよかったじゃないか」

Oim04_020s5 彼たちとのこの会話の彼たちの言葉は、もちろんその前後に言葉があるから、ここに書いたものだけから受ける印象とは違っている。 でも、長い会話の中の、この部分だけがいつまでも頭の中に残っている。

 確かにそのとおりなんだ。 メールを送ったか、死んでしまった彼の話題で話し合ったか等々、どこかに免罪符を探してるのは確か。 不思議に思っていながら何も行動を起こせなかった、起こさなかった人たちは、行動しなかったことの悔いる気持ちを、誰にも言わないけど持っている。

 彼たち 「心配してくれて、ありがとね」

 何で俺があなたに 「ありがとう」 と言われなきゃならない? 何でそう上から見下ろされるんだ? 死んでしまったヤツに対する立場は、あなた方と俺は対等ではないのか? 死んでしまったヤツのご両親から言われるのならわかるが、何であなたたちが言う?

 「ああ、お前らは偉いよ。 友達思いだよ、たいしたもんだ。 そうやって、何もしなかった俺たちを蔑むがいいさ」

 そんなふうに言いたい気持ちがこみ上げてきて、涙が出た。 友人が死んだことを悲しむ涙じゃなく、不甲斐ない自分を悔しく思う涙だった。

 
画像。 雲海。

 

Jessetyler20 一夜明けた今日、昨日そんなふうに思った自分が、少なからず恥ずかしくなっている。 たぶん 『もっと早くに・・・』 と言った俺の言葉を彼らは 『もっと早くにあなたたちが・・・』 と受け取ったから 『後悔は美化』 と言わせたんだろうと思う。

どこかに逃げたい気分。

 

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