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2007年6月 5日 (火)

治すという意思

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 歯の治療、ひとまず終わりました。 1年4ヶ月、通いました。 この間に治療した歯は、3本。 そう、たった3本にこんなに長くです。

 
 歯って、どうして再生してくれないんですかね。 骨は再生するのに。 人間の身体の機能って、必要だからあるんだよね。 だとしたら歯は、骨のようにしょっちゅう破損することを前提としていないものなのかね。 人間の身体が今の形になった頃は、歯をなくすことはあまりなかった。 文化が発達して食べるものが変化をしてきた結果、歯を傷めることが多くなって失う機会が増えてきた。 必要に応じて変化していく人間の身体だけど、その変化についていけないくらいに周りの変化が激しくて追いついてない、ってことかな。

 
 治療した3本のうちの1本、右下の奥から2本目の歯は、ほぼ10年ごとに治療をしてるんだ。 そのため、歯茎の上側に残ってる部分がほとんどない。 『今度こそ抜いてしまっても』 という思いで歯医者に行ったら 『いや、抜かない努力をしましょう。 無くなった歯は、もう戻ってきませんから』

 その歯の治療に、きっちり一年。 俺も辛抱したけど、歯医者の根気に負けた感じでした。

 
画像。 伊豆大島にて。 魚網の手入れに忙しそうでした。

 

43978 『治そうという意思がないと、治るものも治らない。 これは患者はもちろん医師のほうにもないといけない』
 俺がかかった歯医者、何時ぞやいっしょに呑んだ時にこんなことを言っていたのを、治療を受けながら思い出した。

 『一度治した虫歯がまたぞや・・・、というのは、明らかに医師側の怠慢。 治しきってないということだ』 と、この歯医者が言ってたよ。

 

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