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2007年8月17日 (金)

横綱 琴桜

 俺、相撲が好きになって、大相撲中継を必ずと言っていいくらいに見るようになったのは “琴桜” の存在が大きいかも知れない。

 元横綱“琴桜”の元佐渡ヶ嶽親方が亡くなりました。

P4153 この人、大関を長く務めて、横綱になったときは32歳という、関取としては高齢だったんだよね。 だから、横綱に昇進させても先は長くないから大関のままで・・・、なんてこともささやかれた、って話を聞いたような覚えがあるんだ。 大関で二場所連続で優勝すれば横綱にという通例を無視してのそんな話に、憤りを覚えたことを思い出すよ。

 もう、盛り、全盛期を過ぎてはいても、さらに上を目指す。 そんな頑張りみたいなものを、俺はこの琴桜に見ていたんだな。 そんな俺はこのときまだ高校生、まだまだ年齢を感じる歳ではなかったけど、年齢には関係なく 『頑張ればできる』 というような気持ちを抱いたのが、このときだったような気がする。 その後も三重ノ海や隆の里が30歳を過ぎて横綱になっていくんだけど、やっぱり俺はこの人たちに人間としての魅力を感じたりしてるんだな。

 早くして横綱になった人たちの横綱になってからの努力も、長い下積み時代を経てから頂点を極めた人たちの努力も、それは両方ともすばらしいものだと思う。 でも、その努力は、頂点を極めたからこそ評価される。 どんなに努力しても実績を残さなければその努力はしなかったことと同じ。 なんて思いを持つようになったのも、琴桜、三重ノ海、隆の里を見て思ったことだな。

 
画像。 横綱・琴桜。 拾いものです。
 

 

10757 まあ、そうは言っても、俺は頂点を極めたわけじゃなくそれなりに生きてるということは、努力らしい努力をしなかったということでしょう。 大器晩成と言われる俺。 その晩成の晩とは、いったいいつのことなのやら。

 

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