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2007年8月12日 (日)

今年も暑い夏が

 さて、これを書いてみようと思うに至った友人との会話だけど、

 「俺は被害者だと思ってる。 原爆が落とされた、俺たち○○県民は、戦争の被害者なんだ」

 昨日の 暑かった夏 心の中の戦争 からのつづき
 

Tyo07ag_003f アメリカは当初、京都を目標としていたと聞いたことがある。 それまでほとんど空襲を受けていない京都は、原爆の爆撃の効果を知るには最適なところだったのだろう。 きちっと碁盤の目に整備された街路は、まるで方眼のスケールを当てたように被害状況を把握できるからね。 でも、アメリカはそうしなかった。 歴史的遺産を考慮したと言われているけど、どうだろうか。 新潟も小倉も目標から外れ、広島と長崎がその犠牲になった。 彼はその○○県の出身で俺は京都出身。 だから彼の口から被害者ということばが出たのではないと思うけど・・・

 
 酒の席ではあったけれど、そして彼はずいぶん酔っ払ってはいたけれども、彼の口から“俺は被害者”ということばが出たことに、俺は大きな衝撃を受けたんだな。
 

 太平洋戦争については、学校の授業できちっと習った覚えはないんだ。 歴史の授業は明治維新あたりで終わったような気がするからね。 そうであっても、日中戦争から太平洋戦争に至る一連の出来事については知っているつもりだし、少なくとも俺は“被害者”という意識を持つよう誰かから影響されたことはなかった。 確かにあの時代、国策としての流れに逆らえないであったろうことはわかるが、それでもそうしなかった人はたくさんいるわけだ。 当事者としてどうにかしようとした人は、たくさんいたと思うんだ。 今の時代に比べたら、いや、比べるのもおこがましいくらいに自由のなかった時代ではあったろうけど、だからといってそこに生きていた人が被害者だったとしたら、戦争に逆らって生きた人はどう位置づけるんだ。 彼らこそ被害者と呼ぶべき人たちなんじゃないかな。 あの時代に生きていた人の大多数の人が積極的に関わった加害者ではない、かも知れないけど、そこにいた当事者には違いはない。 なら、当事者として何かをする責任はあったはずじゃないかな。

 自民党の先生方も、多くの日本国民も、自分を被害者と位置づけることで責任を逃れようとしているだけではないのかな。 被害者であると自分を位置づけること、それがいつまでたっても何も解決しない原因なのではないかと思うんだ。 そのときその場にいた当事者として、かつてそうした国にいま生きている者は、当事者であるという意識を持たないと前には進まないんじゃないだろうか。

 
 『安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから』

 そんなことを思った、暑い夏の夜でした。

 
画像。 国立競技場。 かつてこの場所から、多くの人が戦争へと駆り出された。
 

 

F053_hj この3日間に書いた文章、改めて通して読んでみると、自分でも意味が拾いにくいものになってしまいました。 要は、何事も、たとえたまたまその場に居合わせただけであっても、当事者であるという意識を持っていようと俺は思うんだ。

 

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