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2008年1月18日 (金)

・・・・・という。

 俺の友人に物書きがいるんだけど、ヤツが書いた記事を読んで物言いをつけたことがあるんだ。 『・・・・・という。』 という文末が多いとね。 今朝の朝日新聞の一面トップ、NHK職員の株のインサイダー取引を報じる記事は、この 『・・・・・という。』 がやたら目に付く文章だったよ。

Hkm_003f ちょっと数えてみた。 記事の中で文末は15、そのうち 『・・・・・という。』 が7つある。 『・・・・・という』 という語句は、誰かがそう言っていたのを聞いて書いた、という印象を受けないか?

 「10万~40万円程度の利益を得ていたという。」
 「株取引を規制する明文規定はないという。」

 このふたつの文章は新聞記事そのままなんだけど、書いた記者は 『利益を得ていた』 『規定がない』 ことを、確認せずに書いてるという印象だよな。 誰かが言っていたのをそのまま書いたから、・・・・・という、と書かざるを得なかったんだよな。 と俺は受け取ってしまったよ。

 
 俺の文章は、断定口調が多い。 『です。 だ。 いる。』 という風にね。 それはね、自分が言ったことに責任を持ちたいから。 いや、責任を持つのが当然だから。 朝日新聞の記者は、確認してないわけじゃないと思いたい。 最近の風潮 『よろしかったでしょうか』 と自信無さげに確認を求める話し方があたりまえになりつつある流れの中で使っただけなのだと思いたい。 

 確認、したよな? 

 
画像。 東京・東久留米の竹林公園。 公園はやはり公園。 周囲の住宅が写らないように写真を撮るのに苦労しました。
 

 

Bbo003 やさしげに会話することはいいことだと思う。 けど、やさしげって、本当のやさしさではないよ。 『・・・げ』 の“げ”は、気配の“気”でしょ。 そんな気配がするだけで、中身は違うんでしょ。

 

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