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2008年1月19日 (土)

挑戦する

 ホモ・セクシャルである自分の意識、この意識の違いに愕然とした夜でした。

Tyo01_048f 男に目覚めて三十年近く、いまや友人と呼べる人は男、しかもこっちの人間だけになってしまったいま、意識はすっかりゲイです。 仕事で関わる人と細々とだけどある近所付き合い以外では、まったくといっていいほどこっちの世界の人としか接しない俺だけど、意識はいままでで最も保守的になってるよ。 俺が言う保守的とは、ゲイであることをカミングアウトをしたりゲイとしての活動に参加したりする人たちを積極的なと人と表現した場合の、その対極にいるという意味の保守です。

 年々、俺の保守傾向は強まって行ってるね。 若い頃は、その保守的な考え方と戦う自分がいたな。 存在を主張したり権利を主張したりという活動はしなかったけど 『・・・だから何なの? 俺がゲイで、悪い?』 みたいな意識を絶えず持っていて、どこか挑戦的にやっていたように思うんだ。 カミングアウトをする人たちを見て、俺はあえて自分からはしないけど、そういう人たちを後押しするような気持ちを持っていた。

 それが 『あえて、わざわざ言うことは、しなくていいんじゃない』 という考えに変ってきたし、カミングアウトしようとする人に思いとどまるよう説得したりするように変ってきたね。

 なぜ? それはね、そうしなくても、充分生きていけることを知ったし、そうしなくても楽しくやっていけることを知ったからかな。

 
 昨日話しをした人は、俺とそう年齢は変らない。 でも、何だろう、あの挑戦的な意識。 何に向かって戦いを挑んでいるんだろう。

 
画像。 皇居前広場にて。
 

 

Alf001 やることやってきた、という満足感。 俺の意識の変化には、これが大きく作用してるかな。 遊んできたもの。

 

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