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2008年4月30日 (水)

生命維持装置

 東京、上野動物園のパンダ、リンリンが死んだそうな。 死因は、心不全。 人間の年齢だと70~80歳に相当するそうだ。 パンダにしては長生き、人間にしても長生きした方だよな。 最後のあたりは薬の投与とかの治療をしていたそうだね。
 

 おふくろが脳内出血で倒れて病院に担ぎ込まれたときは、自己呼吸をしてたんだ。 眠っているベッドの横で 「母ちゃん」 と呼びかけると、目は開かないけど顔は俺の方にちょっと傾けたりしてくれた。 医者は、音に反応しているだけで認識はしていないと。 それが・・・

Kyt03_087f 倒れて三日目、あわてて駆けつけたために放り出したままにしていた仕事を片付けに東京に戻った途端に医者から電話。

 「生命維持のために機械に・・・」

 とっさの判断を求められて、考えるまもなく、

 「けっこうです」

 
 おふくろはその日のうちに息を引き取り、最終の新幹線で病院に駆け込んだとき、すでに、薄く紅が引かれてきれいな顔をしたおふくろの横で、弟が呆然とたたずんでました。

 深夜の病院の待合室で葬儀屋の人と簡単に打ち合わせを済ませ、おふくろを実家に連れて帰るための寝台車が来るまでのわずかな時間、ベッドに横たわるおふくろを見つめながら、

 「生命維持のために機械を使うことは断ったんだ。 ごめんな。 俺が断らなかったら母ちゃんはまだ・・・」
 「兄ちゃん、いいよ。 それで。 よく決断してくれたね」

 
 お気に入り君のお父さんは、自己呼吸はしてるんだそうだ。 それを聞いて、思い出しました。 未だ後悔をしたりはしますよ。

 
画像。 京都、知恩院にて。
 

 

Lom008 着ける判断と外す判断。 どっちが決断しやすいかは、人それぞれだろうな。

 

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コメント

人それぞれの考え方はあるだろうけど…
オイラは達さんの判断が有難い。

もし自分で意思表示が出来なかったとしたら…


昨夜「象の背中」という有名な童話の映画版を
見て、医師から薦められた延命治療を自らの意思で
断り、最後は死の怖さを実の兄貴に漏らしながらも
人間らしい姿で旅立ったする主人公に感銘。


映画そのものはあまり良い出来ではなかったですけど。

身内に頼りになる奴の居ないオイラはわかり易い
場所に自身の意思表示を書き留めておかなければ
…と思っています。

後になればどの結論を選んでいたとしても後悔
するものですよ! 
大事な方を亡くされたんですから……。

投稿: 権之助 | 2008年4月30日 (水) 23時02分

  権之助さん。

  たぶん権之助さんもそうだと思うんですが、この歳になるまでの
  さまざまな場面での決断、俺はそれは間違ってなかった、と思っ
  ているんです。
  でも、反面、もしもその反対の決断をしていたらと後悔することも
  大切なのではないかと思うんですよ。

  ありがとうございます。

投稿: 達 | 2008年5月 1日 (木) 13時16分

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