旅行

2008年5月 2日 (金)

海外旅行

 若い人の海外旅行離れが進んでるんだそうだ。 外国、行ったことのない土地へのあこがれを感じなくなったのか、旅行そのものをしなくなったのか。 最近の航空燃料の高騰にともなう燃料サーチャージの導入が悪印象なのですかね。

Nrt04_012f 実は俺も、そう、若者ではないですが、海外旅行熱が冷めてしまってます。 行き尽くしたから? いやいや、そんな理由ではないですよ。 行き尽くした、なんてことはないですからね。 魅力的なところはたくさんあるんですよ。 行ってみたいところ、見てみたいものはね。 でもね・・・

 中国。 行ってみたいですよ。 いままでに行ったことのあるところはホンコンとマカオだけ。 だから、行ってみたいです。 でもね、いい印象じゃないですよ、中国、中国の人々。
 中東。 いや、もう、ぜひ行きたいです。 でも、物騒じゃないですか。

 こういうのが海外旅行離れの理由ではないですかね。 歓迎されない、という印象はないですか? 

 
画像。 成田空港、第一ターミナルにて。
 

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2008年3月18日 (火)

京都・食べ物紀行  さば寿司

 実は、今日のお題 “さば寿司” を書くのに、さば寿司とバッテラをWikiったりしてみました。 というのは “バッテラ” と “さば寿司” の違いを説明するのに自信がないからなんです。 で、調べた結果は俺の認識とはまったく違ってました。 でも、そう、でも! やっぱり俺の認識の方が正しいような気は変らないので、ここでは俺の認識しているままで書きますね。

Battera02  左の画像、上が“バッテラ” 下が“さば寿司” という認識です。 わかります、違い?

 バッテラは身が薄く、四角い箱に寿司飯を敷いてさばを乗せ、箱から出してから左の画像のような形に切り分けたもの。 なので横の四面はすべて切り口。
 それに対してさば寿司は、身が厚く、たぶん半身全部、時に贅Sabazushi_2沢なさば寿司だとご飯よりも身の方が厚いくらいで、箱に入れず竹の皮に寿司飯を長く伸ばして敷き、その上にさばを乗せたもの。 なので切り口は四面の長い方だけ。

 どうも今時の世間では、バッテラとさば寿司に違いはなく、同じものとの認識のようですね。 そうだ、そもそもバッテラは大阪名物の箱寿司の一種で、さば寿司は京都のものです。

 
Kyt03_118f 輸送手段が発達していなかった頃、海のない京都には海で獲れる魚が生の状態で入ってくることがなく、塩をしたものや干物がせいぜいだったんだな。 京都名物のにしん蕎麦や昨日書いたいもぼうなんかに使われている鰊や鱈は干物を戻したもの。 さば寿司の鯖も、福井の若狭から運んで来た塩で〆た鯖の塩を抜いて酢で〆たもの。 昔の京都の人は、ずいぶん苦労をして魚を食してたんですな。
 

 もうひとつ、俺のさば寿司の認識。 それは、おめでたい時、何かのお祝いの時や祭りの日に作るもの、さらには、おふくろの味という認識です。 

 
画像。 京都・新京極にて。
 

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2008年3月17日 (月)

京都・食べ物紀行  いもぼう

Kyt03_115f 『名物に、美味いものなし』 ってことばが昔から言われてるのかどうかはわからないけど、どこか納得できることばなことは確かかな。 ただ、美味い、マズイは自分の主観だから、すべての人がそう感じるわけでないよね。 すべての人がマズイと感じるのなら、そのものは長く存在し続けないだろうからね。

 
 さてさて、そこで、京都の名物のひとつ “いもぼう”。 どうしても食べてみたいと言う彼氏君を案内して、初めて食べに行きました。 実は、彼氏君には言わなかったけど、正直言って、京都で生まれて育った俺が、食べ物には何にでも興味を示す俺が、いちども食べてみたいと思ったことがない、数少ない京都の名物料理です。

Imobou 漢字で書くと“芋棒”。 海老芋(えびいも・サトイモの一種かな?)と棒鱈(ぼうだら・鱈の干物)を甘辛く炊いた煮物で、京都ではなんでもない家庭料理です。 そのなんでもない家庭料理をわざわざ金を払うことをしてまで食べなくても・・・、という理由で食べたことがないわけです。 まあ、日本全国、郷土料理と呼ばれるものはそもそもその地方の家庭料理なわけで、京都以外の土地に行ったりするとこんな俺でもありがたくいただくんですよ。 たまたま俺が生まれたのが京都なために、京都の名物料理を食うのに金を払うのは・・・、ってだけなんですな。

 でも、そうは言っても、あの値段はあんまりですよ。

 
画像。 上 錦市場にて。 下 いもぼう。
 

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2008年3月16日 (日)

京都・食べ物紀行  ビフカツ

 文芸春秋4月臨時増刊号は 『ニッポン再発見 もうひとつの京都』 と銘打って、春の行楽シーズンに合わせて、お決まりの京都特集。 この手の観光地特集は雑誌を売らんがために 『こんなものまで名物に仕立てて、さも地元の人がありがたがって買ったり食べたりしているかのように』 苦心惨憺して記事を作っているのを想像してしまって、めったに読まないんだよ。 

Kyt03_099f でだ、めったの雑誌は手に取らない俺なんだけど、表紙の “ビフカツサンド” の写真に釣られて・・・

 『京都人の大好物 ビフカツを食べ歩く』

 そう、京都の人が “かつ” と言えば、それは “ビフかつ” のこと。 東京の人が言う“カツ”は“トンかつ”だけど、京都では “ビーフカツレツ” になるんです。

 
 京都市の中心街よりはちょっと北、着物の帯といえば西陣織のその産地の中心地、西陣にある、とある洋食屋さんの丼が紹介されてるではないですか。 初めて食べた時から、これはいつか雑誌に載るだろうと思っていた丼が、なんと全国紙で取り上げられました。

Bifukatsudon 食べてきましたよ。 彼氏君と行った京都グルメの旅。 数ある京都の名物料理、彼氏君が京都に行ったら食べたいと挙げてた候補を押しのけて、どうしてもこれは食べて欲しいと俺が無理やり連れて行って、食してきました。

 ビフカツ。 みなさんも京都にお越しの際には、ぜひ食べてみてください。

 
画像。 上 祇園・宮川町にて。 下 千疋屋の欧風カツ丼。
 

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2008年2月25日 (月)

流氷

 想像していたのは、海岸までびっしりと氷が押し寄せている光景で。 それを想像しながら防波堤に登ってみると・・・。 遠くの水平線ぎりぎりになにやら白いものがあるだけで、目の前は、静かに水をたたえた海でした。

 
 友人から、北海道の紋別へ流氷を見に行くよ、と聞かされたのが二週間ほど前。 流氷の存在を知った頃から一度は見たいと思いながらも、この年まで縁がないままだったんだよな。 でだ、友人から行くと聞いたら俄然と見たくなって、突然に行ってきました。

 
 年々、流氷が来なくなってるみたいだよ。 俺が行ったのは、北海道・網走。 ここはオホーツク海の流氷の南限なんだそうだ。 その網走の “観光流氷砕氷船” の乗り場に、過去何年かの、流氷が接岸した日数か岸から見えた日数かはわからないけど、それを表したグラフが貼ってあったけど、ひと目見て少なくなってるのがわかったね。 30年ほど前のその日数は、冬のあいだは海はほとんど氷に埋まってるんだろうと想像させる数だったけど、去年はスカスカ。 確実に海が暖かくなってる、ってことだろうね。

 
 船の周りは、一面真っ白。 船が通ったあとだけ氷が退けられて海が見えるんだけど、それもすぐにふさがって、また一面真っ白に。 船の上は人がいっぱいで案内放送も騒がしくて、雰囲気に浸るって感じじゃなかったけど、もしも氷の上に立つことができたら、その神秘さに感動もひとしおだったろうと思うんだ。

Abs_026f画像。 流氷。 遠くに知床半島の山並み。
 

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2007年9月25日 (火)

八重九重の湯

 掛け流しの湯があふれる露天風呂があること。 これが俺の、温泉の条件。 それに、濁り湯で景色がよければ、なにも言もうことはない。

 
 青森、奥入瀬渓流の下流側の入り口、焼山にほど近い十和田湖温泉。 名前からすると十和田湖の湖畔にあるような印象を受けるけど、当の十和田湖からはずいぶんと距離がある。 名前からは山深い秘湯というイメージだけれど、まったく・・・。 田舎の集落の山の端にある古い温泉、だね。

 その温泉だから露天風呂もたいしたことないだろうとあまり期待をしてなかったんだけけど、“湯治の宿 おいらせ”の露天風呂は、行った甲斐がありましたよ。 まあ、余分な説明をするよりは画像を見ていただいた方が。

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 冬、雪の頃に来てみたい温泉だったね。
 

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2007年7月16日 (月)

夕暮れの箱根

 箱根・一休。 東京・新宿から2時間足らずで来ることができる、深山幽谷の日帰り温泉施設です。 

03s 深山幽谷はちょっと大げさかな。 露天風呂からは奥湯本の温泉街のビル群が見えるし、箱根新道を行き来する車の音も聞こえるし、山奥に来たという雰囲気にはちょっと遠いかもしれない。 でも、今日は、すぐ下を流れる須雲川の水かさが台風の雨の影響で多く、轟々と流れる水音が周りの雑音をすべて消してくれてるおかげで、いつのなく山奥感たっぷりの露天風呂でしよ。

 ここはいつも空いてて、いい。 海の日の今日、天山の駐車場は入場制限をするくらいに混んでたから、天山の方は芋の子を洗うくらいだったろうけど、こっちはのんびりムード。 たまに誰かが会話をすれば、その声が邪魔に思えるくらいに深山幽谷の雰囲気たっぷり。 最も人が少なくなった瞬間は、俺一人でしたよ。

 そんなにも人のいない一休だけど、お仲間さんはおられるものです。 俺を入れて都合5人。 は、あくまで俺の主観で判断してますよ。 時間差はあったけど、結構な確率でいるとは思いません?
 年齢の割りにきちっとした競パンの日焼け跡が目立つ人。 ガチデブ髭短髪さんは、不自然なほどに視線があらぬ方向に真っ直ぐでした。 これまた髭熊胸毛で既婚(と思われる)さんは、やたらとモノを扱き過ぎ。 実にきっぱりと腹筋が目立つ若者君、自慢の腹筋と自慢のモノを大股広げて見せるのはいいが、ケツが垂れてるのを何とかしなさい! と、六尺の日焼け跡を隠そうともしない、俺。

 でもさぁ、ここでどうやって声をかけるのさ。 この手の普通の施設で積極的に行ける人、アドバイスくださいませ。

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 画像。 上は一休(天山のホームページから)。 下は、波照間島にて。 こいつも、六尺で泳いでた俺と微妙な距離で一人で泳いでました。

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2007年7月 6日 (金)

沖縄紀行・東京

 石垣島から東京。 途中、那覇で乗り換えても、4時間ほどで超現実が待ち構えてる都会に着いてしまう。

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 東京に暮らしていると、旅行に出掛けるその先は、必ず田舎。 田舎と言ってしまうと語弊があるけど、日本には、いや日本だけじゃなく世界に出て行っても東京以上の都会はないんじゃないかと思う。

 その東京。 旅行に出ると行った先で 『ここで暮らせるかな? 暮らしてもいいかな』 と思うことがよくある。 でも、帰ってくると 『俺はやっぱり東京だ』 と必ず思い直すそんな街。 何より便利、そして都合がいい。 たとえば波照間島。 あそこで暮らしたら、人間としてはこれからの残りの人生、充実した生活が送れるかもしれない。 けど、ゲイとしてはしんどいだろう。 石垣島でもそうだ。 ゲイは間違いなく暮らしているだろうし、その人たちのコミュニケーションも存在するだろう。 でも、一度東京を経験したら・・・

 
Htr_291s5 青い海、白い砂浜、温暖な気候、ゆっくりと流れる時間。 それなりに仕事があってそれなりに金が入ってきたなら、たぶん俺はそこで暮らしていけるだろう。 自信はある。 でも、東京、羽田に降り立って出口に向かって歩きはじめると、その考えは消えてしまう。 いつも。

 
画像。 左から、多良間島、伊良部島と下地島、与論島。 東京へ向かうジャンボの機内。 行きと違って、どこか寂しさが漂う。
 

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2007年7月 5日 (木)

沖縄紀行・いちばん南の島

 最先端は、これで制覇。

 最北端 稚内・宗谷岬  1974年10月14日。
 最東端 根室・納沙布岬  1985年1月1日。
 最西端 与那国島・西崎  2007年7月1日。

Htr_234s5 南の端、沖縄・波照間島・高那海岸。 最○端というと、陸地が海に突き出ているところを想像するけどここはそうではなく、東西に長く続く島の南側の海岸の一部なんだな。 他の三つの先っぽには灯台があって地の果てというイメージがあるけど、ここにはない。 灯台がない。 単なる直線に伸びた海岸で、ここでお仕舞いという感じがしない。 ただ、南の海のイメージとは違う、濃い、黒に近い紺碧の海が 『この先に陸地はないんだぞ』 と何かの警告を与えているような印象を受けたのは事実。 じっとその海を見ていると、海から何かが現れて連れ去られてしまうことを想像して、恐怖に近いものを感じたよ。

 ちなみに波照間島の灯台は島の真ん中、サトウキビ畑の中に建ってました。 そこが島でいちばん高いところなんだそうだ。

 
 さて、南の島からの脱出は当然飛行機で! といきたいところだったんだけど、波照間島に飛行機がやってくるのは週4日だけ。 残念ながら島を離れる今日はその日じゃないので、仕方なく船。 なら、のんびりと景色を楽しみながら石垣に戻ろうと、まずみんなが高速船を選ぶところを、あえて2時間のフェリーの旅を選びました。

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 客はなんと、俺を含めて3人だけ。 一人は昨日海岸で会った山形から自転車で全国を回ってるフリーター君。 もう一人も自転車を持ち込んでいた札幌のフリーター君。 この札幌君、どこからどう見ても地元顔! 濃い顔が好きな俺としてはちょっと興味を覚えたんだけど、何かがあるはず、ないわな。 

 
画像。 最南端の碑。 黒島と遠くに石垣島。 西表島は雨振り。 竹富島の東の海。

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2007年7月 4日 (水)

沖縄紀行・六尺一丁

 BN-2Bアイランダーに乗ることがこの旅の一番の目的なら、これは太陽のあるところの普遍的な目的。 六尺で日焼け。

 いやぁ、沖縄の日差しは覚悟はしていたつもりだったけど、生易しいものではなかったね。 辛い。 若い頃は朝から夕方まで日差しの下にいても平気だったのが、歳を取って辛くなってきたのは確かだけど、北回帰線までそんなに距離のない南の島の日差しは“毒”以外のなんでもない。 日中、日差しの下を半袖短パンで歩いているのはヤマトンチュ。 地元の人の長ズボンに長袖シャツ、手袋に帽子、肌が露出しているのは目の付近だけの格好は、やはり実用からきたものだろうな。

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 とは言ってもせっかくの南の島、コバルトブルー、エメラルドグリーンの海と白い砂浜で、六尺一丁で泳いできました。

 実は、六尺を締めて海に入るのが初めてなんです。 海岸やそれに準じたところの太陽の下で六尺一丁になったことは何回もあるんだけど、海、というか、水に浸かったのは初めてなんですよ。 以外にも。
 
 最初は、前日の夕方に、海に夕日が沈むのを見に行ったきれいな砂浜に行ってみた。 ら、予想どおり人っ子一人いない! ここだっ! と六尺一丁になったものの、何かが物足りない。 そう、“人の目”がないのがつまらないんです。 誰もいないところでこっそり六尺締めてたって、俺には何の意味もない。 そこで砂浜伝いに歩いて、島で最も人が多いニシ浜へ。 それも、デイパックに着ていた服を押し込んで、六尺一丁で移動しました。

 
画像。 遠くに西表島。

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