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2007年7月26日 (木)

先輩と六尺と あとがき

 六尺褌。 龍生がこの六尺褌なるものを初めて目にしたのは、大学一年生の夏、柔道の稽古に通う道場で、六尺褌を締めた先輩の後姿を見た時である。 その時龍生は、引き締まった先輩のケツタブをキリッとふたつに分ける白い布に、異常な興奮を覚えたのでした。 その後、龍生の中の六尺褌の存在は、そう時を置かずして道場を去っていった先輩の記憶とともに薄らいでいきますが、先輩との偶然の再会で盛り返し、一気に虜になっていくのです。

 
 六尺褌 = ゲイ。 必ず“=”ではなく、いわゆるノンケの方たちの中にも、下着として、もしくは水着として用いておられる方はたくさんいらっしゃるだろうと思います。 が、筆者は、ゲイ以外の方が六尺褌を締めておられるところを、目にしたことがありません。 さらに、六尺褌が好きだというゲイの方たちの中でも、普段から普通に六尺褌を下着として用いておられる方は稀です。 実際、六尺褌を普通に下着として用いている筆者ですが、トランクスやブリーフなどの今時の下着に比べると、現代のこの生活には不向きだと思う場面が多々あることを実感します。

Kry_59 では、たとえば江戸時代は、六尺褌は下着として用いられていたのか? 筆者は、江戸時代を舞台にした小説や、自分自身の体験から、六尺褌は普段は用いていなかったのでないかと想像しています。 江戸時代を舞台にした小説の中に、たまに下着を表現することばや場面が出てきますが、そこから思い浮かぶ下着は決まって越中褌です。 六尺褌は、労働の作業着としてのもので普段の下着としては用いられなくて、当時でも実用的でなかったのではないかと思うのです。

 普段の生活においては実用的でない。 そこがやはり普及しない、衰退していく所以であると思います。 ゲイがプレーの道具としてだけ六尺褌を楽しむのは、普段用いている者としては寂しい気もしますが、仕方のないことなのでしょう。
 

 さて、この物語の時の龍生は、まもなく30歳代を迎えようという時期、仕事も私生活も充実した毎日を送っています。 このあと龍生は六尺褌を普段の下着として使うようになります。 最初はフィットネスジムでの着替えの際は躊躇していたのですが、そのうちに会社の社員旅行にも締めて行き、風呂場の脱衣場で平気で締めるようにもなっていきます。
 

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コメント

六尺褌は明治時代末期頃まで男性下着の主流でした。越中褌は肉体労働を伴わない文化人の間で用いられていただけでした。

明治時代に来日したフランスの銅版画家ビゴーが好んで日本人男性の褌姿を描いていましたが、いずれも六尺褌姿です。洋装のズボンを降ろして、後ろ姿で縦褌を強調した銅板画などが多数見受けられます。

明治時代末期頃まで六尺褌が日本人男性の主流でしたが、明治時代に徴兵制度が始まり、軍隊で越中褌が官給品として支給され、除隊した若者達の間で軽くて精々しいと全国に普及して行ったことで、その後、越中褌が日本人男性下着の主流となったのです。

六尺褌を下着として愛用している方は現在でもおられます。西日本の地方の老人の方々に多いのですが、決して特定お趣味のお持ちの方々だけのものではありません。

投稿: 男褌 | 2007年8月11日 (土) 20時49分

ついでに、時代考証的なものでは映画に登場する場面では「潮騒」が有名です。何度か映画化されておりますが、1971年の森谷司郎監督の作品が最も当時の風俗を忠実に描いております。銭湯の場面で、入浴男性が皆、六尺褌で着替えをしております。他に1985年の柳町光男監督の映画「火まつり」や1988年の中島丈博監督の「郷愁」で六尺褌が下着として使用されている姿が観られます。いずれも戦後の地方が舞台となっており、遠い昔の話ではありません。

投稿: 男褌 | 2007年8月11日 (土) 21時03分

  男褌さん。

  いつも読んでいただいて、ありがとうございます。
  なるほど。 俺がよく読んでいる小説は、江戸時代
  でも町人が主人公のものが多いですので、下着=
  越中褌というイメージを持ってしまったのかもしれま
  せん。
 
  六尺褌を普通に下着として使っている俺としては、
  日本の気候に最も適した褌の普及を推進したいと
  思っています。

投稿: 龍生 | 2007年8月15日 (水) 17時59分

「潮騒」では三島由紀夫の原作にある件の情景の描写は「ふんどしの紐を解いて・・・」と記述されていました。原作の主人公の下着は越中褌であって、決して六尺褌ではなかったのではないかとの疑問が常々思っております。

映画の方では越中褌では格好が付かないから、六尺褌で演出したのかなとの気がしてなりません。
それでも主人公の肉体感を強調することや漁師の設定では六尺褌の方が似合いますね。

因みに映画の舞台となった地は「潮騒」は三重県、「火まつり」は和歌山県、「郷愁」は高知県です。

投稿: 男褌 | 2007年8月16日 (木) 23時04分

  男褌さん。

  三重、和歌山、高知、あとは千葉。 海の男と六尺
  というと、やはりこのあたりをイメージしますね。
  俺の書いているフィクションともノンフィクションとも取
  れない小説、今度は海の男を描いてみようかなんて
  思っています。

投稿: 龍生 | 2007年8月18日 (土) 17時42分

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