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2010年2月 9日 (火)

六尺褌の日焼けのこと

 暖かい一日でした。 明日は、冬が戻ってくるそうな。 風邪、気をつけましょう。

 
 小学生の頃、夏に日焼けをしておくと冬に風邪を引きにくい、なんて言って、日焼けは奨励されてたよな。 今のように、紫外線云々、皮膚ガンがどうのこうのなんて言う人はいなかった。 

 俺自身が六尺で日焼けをするようになったのは’97年、40歳を過ぎてからなんだけど、六尺の日焼け跡が付いたヤツを見たのは’92、3年頃にさかのぼる。 同じジムに通っていて仲良くなったヤツの六尺の日焼け跡。Yr05ot_204 そいつの付き合ってる人が六尺日焼け派で、いっしょに海で焼いたんだそうだ。 ヤツは当時30歳くらいだったのかな。

 
 俺の最初は日焼けサロン。 新宿にある、ゲイがたくさん来るところだった。 六尺で焼いてやろうと決めたら夏まで待てなくて行ったんだよ。 そして春の終わり頃に新木場、夏に神戸の塩屋ととんとん拍子。 初めて六尺を締めてから一年半が経つか経たないか。 競パンの焼け跡がわからなくなるのはさらにもうひと夏を過ごしてのことだったね。

 実は俺、その’97年にそれまで勤めていた会社をやめ、自由業になってるんだ。 六尺で日焼けをしようと決心したのは、ひとつの枷(かせ)が外れたから。 枷、と表現するのはちょっと変かもしれないけど、家族がいるとか会社に勤めているとか、今の人間関係があるから踏み出せない、ということはあるでしょ。 そのひとつの係わりを維持しなくてもよくなったことが、俺を六尺で日焼け、に踏み出させた、唯一と言ってもいい理由なんだな。

 
 そしてこの先、鹿児島・与論島のホテルのプールやビーチで楽しんだのは’05年。 さすがの俺も、一般の海水浴場にお出ましするまでにはずいぶん時間がかかってる。 この年に親父が死んで、俺はひとりになったんだ。 そしてそれも、一歩を踏み出すひとつの契機ではあったかも。

 
画像。 鹿児島、与論島にて。
 

 

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 何のために? 自分の存在を主張したいんだな。

 
 左の画像は’06年の夏。 めずらしく赤い豆絞りを締めてます。

 

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コメント

こんばんは広樹です。
素敵な画像を見つけてクリックしたら、偶然にも達さんのブログでした。しかも本人画像
素晴らしいです
キャー抱かれたい~(笑)

『枷』ねぇ~。わかるなぁ~。
俺も外したいです。

赤い豆絞りの六尺かっこいいですね。
男の魅力を感じます。
僕も機会があれば付けてみたいです。
でも肌が白いから似合わないかな?

先日の六尺画像、今日の画像と最高ですね。やっぱ、達さんは六尺画像でないと!なんか、エロさとすがすがしさが同居しているような…。オレも水泳やジムやって、少し絞らないと。

枷が外れて、ってのは分かります。オレ、塩屋とか九州とか沖縄で六尺で泳ぐのは、そこなんです。知り合いに会うこともないし、自由にいられるし。さすがに、まだ、一般ビーチで六尺デビューはないですが、そのうちとは思っています。

 
 広樹さん。

 枷。 外すと楽ですよ。 って、そうとも限らないのもあるか。

 
 みのるさん。

 似合う、ってのは、慣れ、ですよ。 特に六尺は。

 
 たいさん。

 銭湯やジムでの六尺はそう注目を集めないですが、海水浴場は別ですよ。 バシバシ視線を感じます。 それが楽しかったりして。

一般の海水浴場でも六尺を通されるとは!
人目が気になってなかなか出来ることではないですね。
その肝の座りっぷりに憧れます。

 
 nahokuさん。

 一般の、とは言っても、南の島のあまり人がいない海水浴場ですよ。 逗子や江ノ島、ワイキキで、というと躊躇するかもしれません。

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