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2012年10月28日 (日)

人と違えて生きることを選択したのだから

 
 雨。 こんなに寒くなっても、降ると夏の雨のように豪雨になる。 人の勝手な営みに、自然が猛烈に抗議をしているのだね。

 

 結婚するチャンスは、何度かあったんだよな。 でもね、関係がある程度のところまでいったらそこでリリース。 それ以上には踏み込まなかった。 結婚って、ひとつの “枷” を嵌める、って意識があってね、それがイヤだったんだな。 いやね、もしも相手がもうちょっと強引だったら・・・、とは思うけどね。

 

Ymm_034f 人と違えて生きる。 もう俺はひとり身で通すんだ、と決断したのは33歳になる年。 実はその年に、いわゆるハッテン場と呼ばれるところ、まったくそのものが目的のところに初めて行ってるんだ。 もちろんそれまでに、男との経験はあったし飲み屋にも顔を出してたけど。

 
 両親に、親として当然手にすることができる普通の幸福をあげることを棄てて、自分を優先すると決めた決断。 その代わり、経済的な面倒はみると決めてがむしゃらに働き出したあの頃。 それでもやっぱり、親子という柵をまったく無視することはなかったんだよな、彼らが亡くなってしまうまではね。

 

 人と違えて生きる決断、って今の時代はもっと気軽なのかな。 あの当時は、世間の中で自分がいったいどんな立ち居地に居るのかが測りにくかったよね。 今は自分を測る情報を入手する手段が格段に簡単になって、決断を後押しすることも容易になったように思う。 その分、悩みも多く抱えるんだろうけど。 ちょっと違う服装も、いい歳しての日焼けの跡も、人と違えて生きると決断した故なのだろうかね。

 

画像。 横浜、赤レンガ倉庫辺りにて。
 

 

Tds073

 たとえば今30歳なら、今40歳なら。 まったく違った自分、だろうか。

 

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知命」カテゴリの記事

コメント

>こんばんは…俺も、1回 結納直前で、相手側からキャンセルされました。確か、32歳の時でした。その後、転勤などで忙しくなり、1年たたずに、大病し→入院中に、「これからは他人には迷惑をかけられないな」と考え、19年経ちました。その間に、また、転勤して…辺境の地に来て、13年目です。職種は変わっていません。
>
>俺自身は、過去の思考・判断・推理・行動など、極力 後悔しないようにしているつもりです。一回きりの人生、他人に迷惑をかけず(かけてます)、自分の思うまま生きていけたら…幸せでしょうね?。
>
>ただ、あの時に右に行ったから、今は…なんだ→仮定法は、ありません。(失敗?、成功?→たぶん、今日まで、何らかの形でプラスになっていると信じたいですね。
>10年前、20年前もいろいろ経験して、今の俺がいる。
>
>達さんの文面から…現在は、余りにも変化が速く、ついていこうとも思いません。→仕事、世の中など…

 
 
 masa さん。

 なぜ俺は東京に居続ける? と、よく自問自答しています。 以前の仕事は東京に居るからしていた仕事、ですが今は、東京にこだわる仕事ではありません。 が、東京に居続けている。 それはやっぱり、この街が楽しいからなのだろうと思います。

あけましておめでとうございます。昨年、購入した、左とん平さんの、「東京っていい街だな」EP盤を聴いていると、達さんの言っていることもわかるような気がします。

何故か偶然。
自分は33に結婚。
半ば強制だったかも?。

好きとか、嫌いとか、
愛だの、恋だの、と言う年頃でも無かった様な。
今、自分が一人で居たとしたら、
どんな道を歩んだのだろう?と思う時もあります。

右に行くべき所を、左に曲がって、
進んで、立ち止まって。
振り向いて、今来た道を逆戻りしたいが、
後悔はしたくない、しないと不安を抱きながらも、前に進む。
毎日、これの繰り返し。

「まぁ~俺は、俺だから。」等と言って、
自分に言い聞かせていたかも知れませんね。

 
 
 masa さん。

 おめでとうございます。 東京、って俺には、たぶん麻薬みたいなものですよ。

 
 
 男褌 さん。

 もしもあの時、と後悔まじりに昔を振り返ることが、歳を重ねるとともに増えてきているように思います。 あの時に結婚をしてすぐに子供が生まれていたら、もうその子はそろそろ三十路。 俺はお祖父ちゃんと呼ばれていたかもしれないんだなぁ、なんて想像したりね。

 それでも俺は俺だから、と後悔しながらも前に進む人生です。

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